天使との出会い わたしは天使の姿を、この目ではっきりと見たわけではありません。
でも、きっといるんじゃないか、と思いながら生きています。ちょっと長くなりますが、そう思うようになった
いきさつを書いてみたいと思います。
みなさんは、天使に限らず、目に見えないものを感じることがあるでしょうか。どんなときに感じるでしょうか？
わたしは、美しいものに感動したときや、不思議な「偶然」があったときにそう感じることがあります。
芸術は、少なくともわたしが芸術だと思うものは、目に見えない世界からのインスピレーションがなければ
成立しないと思っています。それが絵であれば、目に見えるものをそのまま描き写すのでなく
目に見えない世界からのインスピレーションを受けて目に見えるかたちに表現することこそが芸術的だ
と思うし、そういうものに惹きつけられます。そのような美の世界に感動するとき、自分は死んだら
おしまいの単に物質的な存在なのではなくて、なにか精神的な、永遠的なものに関わっていると
思うのです。
不思議な偶然というのは、たとえばネパールの山奥で横浜の知人に後から声を
かけられたり、友だちのことを不意に思い出したら、図書館でその友だちにばったり出会ったり、
今日はビビンバが食べたいな、と思っていたら、行きつけの食堂の日替わりがビビンバだったり、
といったことです。偶然という言葉だけでは説明できないことがあるのです。よく「シンクロしてる」
なんていいますが、こういったことは誰にでも多少はあるのではないでしょうか。
また、体験した人にしかわからないことかもしれませんが、見えないものの存在を
もっとリアルに感じることもあります。
旅
自分の場合、旅をしているときにそれを感じることがありました。
旅をしていると日常のしがらみから解き放たれて魂が裸になるのかもしれません。
ふだん感じられないことが感じられるようになるのです。
２０歳のころ、自転車で日本海側を野宿などしながら、ずっと旅しました。そのとき、
今までにないような自由で孤独で幸福な気持ちがして、なぜかわかりませんが、空を見ても、
海を見てもすごく「なつかしい」という感覚があったのです。自分の目の前の空の上の方に、
なつかしく、うつくしい映像が見えるような感覚がありしました。
はっきりとは見えないけれど、空の上の方に「この世ならざる美の世界」
とでもいうものがほとんど見えそうになっている感覚がたしかにあったのです。
そのような体験があったので、人間の故郷はこの世を越えたイデアの世界にある、
というプラトンの思想などを読むと、わたしはとても納得できるのです。
だから、天界や、天使の存在についてもわりあい素直に受け入れることができるのかもしれません。
詩
当時、わたしが目に見えない世界のことを考えていたのは、TVでやっている超常現象の
番組のようなものに興味があったのではなく、一つにはそれが詩と美とインスピレーション
の源泉だと思ったからです。わたしにとって、なつかしさと、憧れと、美と、インスピレーションは
切りはなせないものだったのです。
詩人に憧れ、いつもインスピレーションを求めていました。プールで泳いでいて、水から上がった
ばかりの人が濡れているみたいに、別世界を遊泳していたのでその世界の香りを全身から
放っているような芸術家がいます。中原中也、田村隆一、ランボー、ボードレール、青木繁、
関根正二、タゴールなど、 インスピレーションで書いたり、表現しているものは、他の
ものにはない一種独特の「香り」のようなものを感じるのでそれとわかります。
大学に入った頃、詩や絵画に目覚め、インスピレーションが感じられるものを飢えたように求めてい
ました。この世のものではないような美ときらめきを感じ、すばらしいと思いました。
でも、問題も感じていました。
インスピレーション型の芸術家は、天使のようなところもあるけれど、どこか不良少年のような人が多い
のです。彼らには、この世のものではないようなきらめきも感じましたが、善か悪か、天国的か
地獄的かと問えば、おそらく善でも天国でもない精神的ベクトルが感じられたのです。
そして、それにもかかわらず、不良天使のような彼らに強く惹きつけられていました。
なかでも、’70年代初期ドイツのRockグループFAUSTの音楽には、幼いときに見た悪夢のように
なつかしく、怖ろしく、この世のものではない美しさを感じました。底なしの深淵をのぞき込んだ
ような戦慄と同時に、のがれることのできない魅惑をそこに感じたのです。
天上のイデアを求める気持ちと、暗黒のカオスにひきつけられる気持ちがありました。
この世のものならぬ美への憧憬と「カオスの感覚」、その両極が自分のなかにありました。
当時はその両極を自分の中で調停させるのが困難に思え、非常に苦しかったです。
そして何年もそのことについて考えていました。
哲学
旅と芸術に惹かれると同時に、人間とはなにか、人間はどこから来てどこへ行くのか、善とは、
悪とはなにか、といった問題について、大学に入るころから集中的に考えるようになりました。
これは、ひとより遅いかもしれませんね。
そして結局、人間は死んだあとどうなるのか、生まれる前はどうだったのか、神的な存在は
存在するのか？といった形而上の問題を考えずには、人間の本質も生きる意味も
世界に悪と見えるものが存在するわけも見えてこないという考えに至ったわけです。
その問題を抜きにした哲学思想は、知的エンターテイメントの域を出ないものだとも思いました。
そして福音書や法華経、プラトン、インド思想、三浦関造、などを読んだのですが、
そこにすごく「詩」を感じてしまったのです。福音書にはひじょうに詩的な美しさがあります。
ここには、善と、美の調和した世界があると思いました。
同時に、人間や世界についての、深い真理を知る可能性を予感しました。
危機感
もう一方で問題意識を持っていたのは、世間にあたりまえのようにして溢れている音楽、建築、
デザイン、広告、娯楽などが、70年代以降時代が下るごとにどんどんひどくなっていき、一種の文化の
堕落、文化的な環境汚染が生じていると思ったことです。社会について非常な危機感を持っていました。
その時は感覚と感情が直結した（シュタイナーのいう「感受的心魂」の状態）、子どものような精神状態
にあったのだと思います。 自分の内面がしっかりしていなかったせいもあったと思いますが、
脱皮したてのように無防備で外界に左右されやすい状態でした。
街にあふれているものを目にするだけで、その醜さのために、自分が内面に見つけた大切なもの
が冒涜されてしまうように感じ、ひどい気持ちになってしまったのです。
ルソーの「孤独な散歩者の夢想」や、ヘッセの「荒野の狼」の一節に共感したりしました。
圧倒的な力を持った「世間」が人々の感性を支配し、汚染しているように感じました。
「世の中があるべき状態にない」という思いを強く持ちました。この思いも哲学や芸術活動のきっかけ
になります。「社会を変革しなくてはならないんだ」と思いました。まったく世間知らずの「青年の主張」と
いうかんじですね。でも自分の力ではすぐに変えることもできないし、はっきりとしたヴィジョンもありま
せんでした。なぜ世界はこんな状態になっているのか、すぐには変わりようのない耐え難い世界でどう
生きていけばよいのかと考えました。自分よりはるかに高次の認識を持った人からみれば、自分が苦しん
でいることや、矛盾と感じることはすべてではないにしても、ある程度解決するのかもしれません。
「悟り」を得れば多くの問題は解決するのではないか、と思っていました。
自分の内面についても、社会についても認識を深めたいという思いに駆り立てられました。
壁にぶち当たったとき、難問に取り組んでいるとき、近代インドの聖者たちの話、福音書、
シモーヌ・ヴェイユ、間章などを読むことで視界が開けることが何度もありました。
間章は70年代に活躍した音楽評論家、思想家で、当時の先鋭的なRockやFreeJazzを
生きた文化として捉え、生き方そのものとして深く、真摯に考えていた人です。
彼の著作は、ハイデガー、ブランショ、ニーチェなどについても論じられていて難解なものでしたが、
彼が取り上げる音楽は、ブリジット・フォンテーヌ、シド・バレット、ブルー・チアー、ティラノザウルス・レックス、
VELVET UNDRGROUND、FAUSTなど、自分が特に重要だと思う音楽とほとんど一致しており、
彼がそれらの音楽の孕んでいる問題の核心を素晴らしい直感力で見抜いていたので感動しました。
そのころの自分は、美意識で一致できない人の思想は疑わしい、という片寄った（？）考えを
持っていました。彼の本で俳人の富澤赤黄男や渋谷の旧ランブルのことなど知りました。
シュタイナーを知ったのも彼の著作を通してだったと思います。
間章は、世界との絶望的とも思えるような闘いを闘っている人でしたが、シュタイナーに出会って、
決定的な転換を体験したようです。
シュタイナーとの出会いは、自分にとっても大きかったです。一般の哲学書にしても、宗教書にしても、
素晴らしいことは書いてあるのですが、断片的に感じてしまいます。シュタイナーの著作に出会って
はじめて、世界と人間についての包括的な認識が可能だという予感を持つことができたのです。
シュタイナーは20世紀に天使学の分野で大きな功績を残した人でもあります。
インド旅行
大学を卒業したころ、自分は今と違ってすごく人見知りで、「ノミの心臓」でした。
詩、音楽、思想などひたすら自分の内側に意識が向かっていたのですが、その時感じていた「美」や
「インスピレーション」は日常の光にさらされたらすぐに消えてしまいそうな気がしていました。
まだ充分成長していない木みたいなもので、いま社会に出たら押しつぶされてしまう、と感じていたのです。
まわりの人には、自分のテーマは「悟りと革命」なんて言っていましたが、実際に社会のなかで活動する
ことは、まだできないと感じていました。日本を出て長い旅をしたいという思いも強く持つようになっていました。
・日本にずっといることに閉塞感を感じていたので、一度日本の「メディアの牢獄」からも
逃れて、外へ出て自由な空気を吸いたかった。
・旅のなかでの「詩」（インスピレーション）の探求。
・インド美術は正体不明だという気がして違和感と興味を感じていたので実際に見てみたかった。
・三浦関造の著作で近代インドの聖者達（ラーマ・クリシュナ、ラマナ・マハリシなど）のことを知り、
彼らがいた土地を訪ねてみたいと思った。
マハリシが住んでいたという「かがり火の山」に行ってみたかった。
・１年で10年分の体験をしたかった。
「わたしは目も眩むような体験に身をゆだねたいのだ」（ファウスト）という思いがあった。
・「世界の果て」に行きたいという、子どもっぽいかもしれない気持ち。
世界地図でインドを見て、その突端、インドの最南端に立ってみたいと思った。
こういったことがインドに行こうと思った動機だったと思います。
仕事をはじめてしまったら何ヶ月も旅行することなどできなくなります。「今しかない」と思いました。
その時は、いつまで行っていてもいいし、行ったまま帰ってこなくくてもいい、
というくらいの気持ちでいました。それくらい何の制約もない旅をしたかったのです。
家を出て、半年間新聞配達をやって資金を貯め、インドに旅立ちました。
まず、安い航空券を買うためバンコクに一週間滞在。インドにはカルカッタから入りました。
オリッサを経て東海岸を南下、最南端のカニャークマリを通って西岸を北上していきました。
カルカッタでは、混沌とした人と、牛と、リクシャーと、車の渦が別世界のようでもあり、懐かしくもありました。
強烈な太陽と緑と雨と土の感覚が身体の中に浸透しなにかが変わっていくようでした。
安宿であちこちからやって来た旅人達に出会いました。
レストランでコップ半分の水を飲んだ直後、高熱と下痢の洗礼を受けました。
コナラクでは太古の熱く濃い大気を思わせるようなスーリヤ寺院の豊潤な彫刻と無言の対話を
交わしました。早朝の浜辺で、すごい荒波にも負けず小さな丸木船でこぎ出していく漁師達の姿を
呆然として見ていました。
マドラス、アディヤールでは、メナッシェさん（イスラエル人、50才くらい）という親切で、
すばらしい芸術家（作品は見ていません）との出会いがあり、カラクシェトラに案内してもらったりしました。
なんだか彼はわたしの先生のようなお父さんのような気がしました。
タンジャブールではポンガル（インドのお正月）で朝の４時に大音響の音楽で目が覚めました。
プジャーの最中、青いサリーを着た女の人が失神するのを目の当たりにして驚きました。
マドゥライでは地底の王国のようなミナクシ寺院の雰囲気とエネルギーに圧倒されました。
日本語を話す超美男子の不良青年と友達になってしまいました。
また、ラヴィ・ヴァルマーの「幻の絵」（ガルダに乗るヴィシュヌ）に出会いました。
カニャークマリではハヌマーンがヒマラヤから取ってきてその地に落としたという、
インド最南端の岩山に登りました。「薬の山」という名の通りに、山全体にレモングラス、セージなどの
薬草が生えていて何ともいえない清浄な気に包まれていました。
ゴアでは針灸の先生だというイタリア人マウロに出会いビーチで来る日も来る日も
哲学問答をしていました。「世界は存在しない」と言うのが彼の持論でした。
世界は「唯一者」という光源によって映し出された映画の映像のようなもので、
本当に存在するのは光源だけだと言うのです。
彼はサンタナ（ギタリスト）の影響で10年前にインドに来て、あるグルに出会い、
強烈な「体験」をしてしまってからそれ以外の世界観は持つことができないと言うのでした。
カジュラホでは、フェリーニの「道」に出てくる旅芸人みたいな小さなサーカスを見ました。
ネパール山奥の、長距離バスが止まった村で横浜の友達にバッタリ出会いました。
後ろから「Ken-ichiさん」と声を掛けられました！！
なんという「偶然」でしょう！振り向くのが怖かったです。
ポカラから、車も通れない山道を十日間歩いて一番山奥の村、ムクテナートまで行きました。
あまりにもたくさんのことがあって書ききれませんが毎日がすばらしい冒険の連続でした。
押しの強いインド人とつきあううちにいつの間にか心臓も強くなりました。
インドに6ヶ月、ネパール、バンコクを合わせると８ヶ月旅行していました。
特に心に残っている景色は
カニャークマリで、ヴィヴェカナンダー島に渡るボートから見た岸辺の眺め。
白い家々と教会と椰子の木の緑が日の光に輝いていました。
それは、自分にとってのSummer Of Loveだったのだと思います。
日本を出る前はすごーく内気で、たぶん暗い顔をしていたと思います。
世間のものや人間をどこか否定的に見ることが多かったのですが
この旅で自分の中に大きな転回があったように思います。
バラナシのガートにボーっと座っていたときのことです。
周りの人々や景色が魔法にかかったみたいにキラキラと美しく見えたんです。
（別にドラッグはやっていませんよ）
目にはみえないけれどすばらしい贈り物をもらったと思いました。
はっきりと目に見えるわけではないのですが、
旅の途中からなにか天使のような存在から見守られていると感じていました。
自分は祝福に値するような人間ではないと思っていたのに、
祝福されているのを感じ、しみじみとして泣きたい気持ちでした。
すごくたくさんのものを与えられて自分が存在していることを知りました。
そして自分もエネルギーをまわりに向けることができると思ったのです。
自分では、あれは天使との出会いだったのではないか、と思っています。