悪の問題 人は昔から、人生の根本問題として悪について考えてきました。
なぜ、世界に悪と見えるものが存在するのか？神様が創ったといわれている世界になぜ悪が存在するのか？
悪とは何か？それはいつからこの世界に存在するようになったのか？といった問題です。
それらの問題について考えずには、世界や人生について納得できる見解を持つことはできないように思います。
世界各地の宗教の聖典のなかには、悪魔や、堕天使といわれる存在が登場します。
キリスト教やイスラム教では、もともとは天使だった存在が神に反逆して悪魔になったと考えられています。
学者たちは、「堕天使たちには自由意志で反逆したのだ、なぜならそうでないと悪の責任は神にあることになってしまう」
あるいは「悪は実体的なものではなく、善の不在が悪なのではないか」等、悪の問題についてさまざまに考えました。
ルドルフ・シュタイナーによれば、悪魔的存在には、大きく分けてルシファーとアーリマンという、２種類の
存在がいるそうです。悪魔がいると考えるか、いないと考えるかは別にしても、彼がルシファーの性質、
アーリマンの性質として述べているものは、人間の中でとても本質的かつ対照的な２つのベクトルだと思えます。
それらは単に悪なる存在というより、陰陽、男女、プラスイオンとマイナスイオン、デュオニソス的なものとアポロン的なもの
等のように、世界の中ではたらく２つの重要な力のようにも思えます。ルシファー的なもの、アーリマン的なもの
を見ていくことは、世界や人生について考える上で、大きなヒントを与えてくれます。
ルシファー
「ルシファー」は「光をもたらすもの」という意味、
キリスト教でいうデビルで、イスラム教ではイブリスと呼ばれています。
イザヤ書には「ああ、おまえは天から落ちた。明けの明星暁の子よ」と書かれています。
元々は天使だったが、神に反逆したために落ちてしまったといいます。
シュタイナーによれば、本来は権天使（アルヒャイ）や大天使になるはずだったのですが、「月期」に
進化から逸脱して、現在は天使・大天使の位階にいる存在で、人間の内側から、感情、衝動に
働きかけます。ルシファーは人間を現実から遊離させ、美的な幻想に誘い込む存在です。また、
官能的なものに誘惑する存在でもあります。
創世記にはアダムとイブを誘惑し、禁断の実を食べさせた蛇として登場します。
この「堕罪」は、ルシファーの影響によって、エゴイズム、感覚的な欲望などが生じ、
肉体の中に下降してしまったことを表しているそうです。
ルシファーは人間に、自由と誤謬、悪の可能性を与えました。
うぬぼれやエゴイズム、感覚的欲望も与えましたが、
単に善に従う従順な存在であった人間に独立心を与え、自由の可能性を与えたのです。
美や善、高貴、賢明への情熱、熱狂はルシファーの影響によって可能になりました。
ですから、単に悪なる存在ではなく、人間にとってたいへん重要な存在であるとも言えるのです。
美的幻想の世界に舞い上がるのは、ルシファーの作用を受けているときです。
芸術的活動はルシファーに負っています。しかし、ルシファー的傾向が過剰になると、世俗の人々を
見下して、独善に陥ってしまうこともあります。
「感覚界におけるルツィフェルの働きは二つの面を持っている。人間が単なる感覚的体験を超え出られるのは
ルツィフェルのおかげである。人間は喜びと高揚感を感覚界からのみ取り出すのではない。人間は感覚界を
凌駕する美しい仮象に歓喜し、魂を高揚させることができる。ルツィフェルのこの働きは意義深いもので、文化
特に芸術の開花をもたらす。人間は自由な思想を持つことができ、単に事物を写生したり、肖像画風の模写を
したりするだけでなく、感覚界を超えて創造的に思考し、事物について哲学的に思惟することが出来るように
なったのである。― だが、もう一方ではルツィフェルの力は人間の魂のなかで過剰に作用し、耽溺と熱狂と
錯乱の源となる。上方の世界の秩序を無視して、魂を錯乱で満たすのである。宇宙秩序という基盤の上に
立たない哲学、恣意的な表象へのわがままな没頭、個人的な意見の主張等はルツィフェルの作用の影の
部分である。」 （霊界の境域 西川隆範訳）
アーリマン 古代ペルシャの宗教においては善なる光の神アフラ・マズダに対抗する闇の神がアーリマンで、
中世ペルシア語ではアフレマン、アヴェスタ語ではアンラ・マンユと呼ばれます。
ヘブライ民族においてはメフィストフェレスと呼ばれ、聖書ではサタンと呼ばれています。
本来は能天使（エクスシアイ）になるはずだったのですが、「太陽期」に進化から逸脱して現在は
権天使（アルヒャイ）の位階にとどまっている存在です。アーリマンは人間を物質に凝り固まらさせて、
精神的なものを否定させる存在で、外界を単なる物質的なものだと考えるようにさせます。
唯物的進化論、世界の機械的数学的把握、経済至上主義、官僚主義などには、アーリマンの影響があります。
アーリマンは反感や憎しみの中に作用し、人間に権力を求めさせ、破壊衝動を植え付けます。
また、機械技術や電気機器に関わっている人間は、アーリマンの影響を受けやすくなるそうです。
唯心論や神秘主義はルシファー的ですが、物質を冷徹に観察して研究する科学や、文献に固執して
インスピレーションやファンタジー的な発想を論破するような人文科学はアーリマン的です。
しかし、正しく筋道を立てて考えること、細かいことにまで注意を向けてさまざまなことを分類したりする
ことがないと、厳密な研究、学問は成り立ちません。学問はアーリマンに負っているといえます。
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柔らかくなること、若返ること、幻想性、熱狂、神秘主義、現実からの遊離、眠り込むことはルシファー的です。
固くなること、硬化すること、老化すること、細かいことにこだわること、俗物（実利主義者）的になること、
唯物論、干涸らびた悟性、目覚めることはアーリマン的なものです。
どちらの傾向も人間に必要なものですが、どちらかに過度に片寄ると病的になったり、悪や誤謬が生じてきます。
人間の中のルシファー的なものと、アーリマン的なものを認識して、均衡をとることが大切なのです。
シュタイナーに」よれば、それは善悪の問題に限らず医療においても重要で、例えば、脳卒中という病気は
アーリマン的な病気であり、それを予防するためには、植物のなかで特にルシファー的なものである花の部分から
抽出した薬を投与することが有効だそうです。同様にルシファー的な病気である肺炎には、アーリマン的な物質
である白樺の皮の灰が有効だそうです。
アスラ 人間の意識魂（自我の最も内側の部分）に働きかけ
人間に単に感覚的なものの中で生き、精神的なものや精神的（霊的）な世界を忘れさせるようにします。
アスラは、理論的な唯物論に人間を誘惑し、「道徳は動物的な衝動が高いレベルで形成されたものに過ぎない」
「人間の思考も動物ですら持っているものが変化したものに過ぎない」と考えるようにしむけます。そして
アスラにとらえられた人間は、その見解を実行に移し、単なる動物的欲望のままに生きるようになってしまいます。
ルシファーやアーリマンは人間に悪を与えるとともに、自由、芸術、学問などの恵も与えました。また彼らの影響で
犯した悪をカルマのなかで贖い、脱ぎ捨てる可能性が、人間には与えられています。
しかし、アスラに対抗することはそれほど容易ではありません。一度アスラの虜になった部分は取り返すことができず、
自我の一部が少しずつもぎ取られることになってしまうそうです。アスラはそのような怖ろしい存在だといいます。
悪と自由 神が作った世界のはずなのになぜ悪が存在するのか、ということについて考えるとき、そこに
自由の問題が絡んできます。
「すべてが一様な善なら、善悪のはざまで苦悶するということはない。神様と悪魔のあいだで自分を
見つめる、魂の試練はないことになる。
悪が存在することによって、ぼくたちは善に向かうか悪に向かうかを、自分で決めなくてはならない状況に
置かれている。つまり、ぼくたちは善悪のはざまで〈自由意志〉を行使するのだ。
『悪魔がいなかったら自由はなかった。人間は一様に、善に従うのみであっただろう。悪魔がいるために、
人間は意思に背くことができる。そこから自由は生まれたのだ。』と、いうことができるのである。
たんに神の意思に従って善人であるのではなく、自分の自由意思で善に向かうことによって、ぼくたちは自分の
力で前進することになる。
自分で決断することなく、神様に従うのみという状態を脱して、自分の自由な意思で善を決意することができるように、
神さまは望んだのだといえる。そのような自由意思による決断が可能な状況が生じるために、悪魔が存在する
理由があるのだ。」
「見えないものを感じる力」 （西川隆範著・風濤社）より