シュタイナーと神秘学 ２０世紀初頭に活動した思想家、哲学者、人智学者ルドルフ・シュタイナーについては、
一般には「シュタイナー教育」が、そのユニークな人間のとらえ方や教育法で広く知られています。
また、オイリュートミーという独特の舞踊や、３原色を使った水彩のにじみ絵について見聞きしたことが
ある方もいると思います。
日本でもシュタイナーの著作は数多く出版されており、シュタイナー教育を行う幼稚園も
増えているようですが、シュタイナーをよく知らないという方もいらっしゃると思うので、略歴を書きます。
シュタイナーは1861年ハンガリーで生まれ、少年期、青年期をオーストリアで過ごしました。
ウイーン工科大学において自然科学、数学、哲学を学び、フィフィテの知識学についての論文で
哲学博士号を取得。世紀末のウィーンでゲーテ研究家、著述家、雑誌編集者として活動します。
1912年アントロポソフィー（人智学）協会を設立、独自の精神科学による世界認識、人間認識に基づき、
教育、医学、芸術、農業、社会学など非常に広範囲の分野で活躍しました。
生涯六千回を越える講演を行い、全集は354巻に及びます。
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彼のすべての活動、思想は独自の「精神科学」による人間認識、世界認識に基づいた
ものだと言えますが、「精神科学」とは、どんなものでしょうか。精神科学とは一言でいうと、
「自然現象に関する自然科学の探究におとらない客観性と厳密さをもって、超感覚的なことがら
について探求しようとする学問である」 といえます。 また、シュタイナーの神秘学であるとも
言えますし、神秘学と、哲学、科学を結びつけたものだということもできます。
では、神秘学とはなにかといいますと、たとえば百科事典には
「近代科学大系に含まれていない、自然的精神的諸事実が存在するという教義をいう」
と書かれています。また、「秘儀に参入した者によってのみ理解されうる、また、一般に
公開されてはならぬものとされている内容を扱う教義」という側面もあります。
神秘学は、目に見えない世界のことがらに関わるという点では宗教的な世界観を持っている
と言えますが、宗教の基本的な態度が信仰であるのに対し、神秘学の基本的な態度と
言えるものは認識です。
宗教、特に西欧のキリスト教では、死後の世界とか神といったことがらついては、
一般の人間は知ることができず、聖書や教会や教祖がつたえることを信じ、それに従って
生きるという立場である（注1）のに対し、神秘学は、認識力のおよぶ範囲を、日常的な
感覚ではとらえられない世界にまで拡大しょうとします。
では、哲学と神秘学はどうちがうのでしょう。人間や世界の本質に深く迫ろうとする点では
哲学も神秘学も同じです。ただ、哲学の場合は思考や概念によって対象をとらえようとするのですが、
日常的な意識の範囲内での感覚と思考を働かせて哲学を構築している場合が多いのです。
そのために哲学者たちは認識の限界を感じていて、自分が目の前にあるコップを見ていても、
その「物自体」は認識できない、とか、魂や輪廻転生については日常の感覚や思考では捉えられ
ないから、哲学の対象にならない、などと言います。
一方神秘学では、自分の意識のありかたを変化させることによって対象の謎を探求します。
瞑想、集中等の「行」を通して認識力を高次のものに変化させることによって、
日常的な意識には隠されたものごとの本質を認識しようとするのです。
古代から神秘学においては、意識を変容させ、高次の認識に導く特別の「秘儀」（イニシエーション）
が存在していました。そして超感覚的なことがらについての教義は、一般に公開されてはならない
ものとされ、秘儀参入者だけに理解可能な「象徴言語」によって語り伝えられてきました。
それに対してシュタイナーは、すべての人が意識を進化向上させ、超感覚的世界の認識を獲得できる
可能性を持っていると説き、そのための実行可能な行法を公開することに踏み切りました。（注2）
そして従来は秘儀参入者のみが理解できる象徴言語によって伝えられてきた認識内容を
日常の思考で把握できる概念に翻訳して語ったのです。
近代以後、科学万能という価値観が世の中に広まった結果、古代、中世には信じられていた
宗教的な世界観が非科学的だと思われるようになり、また、物質文明の行き過ぎにより
危機的な状況がでてきました。シュタイナーは哲学者であり、神秘学者であり、当時の最先端の
自然科学を研究した人でもありました。彼は、時代の問題に応えるためには、超感覚的世界の
ことがらについての認識を現代の科学や哲学の立場にとっても受け入れられるような言葉で
語ることが必要だと考え、そして自ら実践して見せたのです。
認識の問題は自由の問題とも関わってきます。自分の外にある教祖や教義や掟に、
その根拠を認識しないまま従うのは、不自由です。なぜそうなのか、ということをよく認識、
洞察して行動するなら自由です。福音書にも「真理はあなたを自由にする」と書かれています。
世界や人間の本質、根拠を認識することが自由につながるのです。
シュタイナーは人間の自由ということを、非常に大切にしたひとでした。
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彼の著作には、霊界の構造や、宇宙の歴史、キリスト論、輪廻転生とカルマについてなど、
唯物論的世界観の人にとっては奇想天外と思われるようなことも書かれています。
たしかに普通の人の日常の意識では直接感知することができない世界について書かれていますが、
彼が伝える内容は、よく読めば普通の思考能力、理解力で理解できるように書かれていると思います。
同じ対象について、さまざまな角度から考察しているせいか、ちょっと読んだだけでは
矛盾しているように感じられる記述もあり、読む人に徹底的に考えさせる性質のものですが、
読み進んで行くにつれ、非常に哲学的一貫性や整合性を感じとることができます。
そして、人間観、死生観、宇宙観、自由と悪の問題についてなど、個々のことが
緻密な織物のように複雑に関連しあった壮大な宇宙観が現れてきます。
わたしは、超感覚的な世界を自分で直接見ることができるわけではありません。
ですから現時点のわたしには、シュタイナーの述べていることが真実なのかどうか、輪廻転生説や
宇宙進化論が真実なのか、精神界（霊界）が本当に存在するのかどうか確かめることはできません。
しかしシュタイナー思想の観点で人生や世界の個々のことがらを眺めるとき、世界を見る視野が開け、
世界や人生がとても意義深く、価値のあるものとして感じられてきます。
わたしは、はじめから肯定するのでも、否定するのでもなく、仮説として考えていけばいいのだと
思っています。シュタイナーの宇宙観や人間観を研究し検討していくことによって
人生や世界について非常に納得できる考えを持つことができるのではないかと思います。
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（注1）ただ、仏教では人間には仏性があると言われ、インドには凡我一如の思想があり、
キリスト教でも東方正教では、人間は祈りなどを通して神のエネルゲイア（神の働き）を体験
できると言われています。キリスト教神秘主義、インドのヨガ、スラムのスーフィズムなど、
宗教の世界の中にも神秘主義者といわれる人たちが存在しています。
西洋では、神秘家たちは異端者とされて迫害されたり、世間一般からは隠れて活動を
行ったりすることも多かったのですが、形骸化した宗教を内部から活気づけ、
哲学者たちにも影響をあたえてきました。
ちなみに神秘主義（ミスティシズム）と神秘学（オカルティズム）がどう違うかというと、
神秘学が外なる自然や宇宙の探求を重視するのに対し、
神秘主義は内面への沈潜や自己滅却によって、一足飛びに高次の意識に到り、
自己の内面で神を体験しようとする立場です。
シュタイナーの思想は神秘主義ではなく、神秘学の立場です。
（注2）「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」（ルドルフ・シュタイナー著
高橋巌訳 ちくま学芸文庫）では、精神科学的な行法と、行法の本質の考察
について詳細に述べられています。